この街のステキな方々 ⑦

伊藤 槙紀さんに引き続き応援を 
 リオデジャネイロ・オリンピック、パラリンピックが終わりました。いよいよ4年後には東京で開催となります。リオの大会には既にお知らせしたように、パラリンピックの日本代表団127名の一員として、私たちの町内会7Aにお住いの伊藤さんのご長女、槙紀(まき)さんが卓球女子(クラス11)で選ばれました。同クラスの出場選手は男子12名、女子8名。因みに槙紀さんはクラス世界ランキング第6位です。 槙紀さんにとってパラリンピック出場は10数年にわたる夢であり、本人の力の及ばない理由での挫折の繰り返しでした。槙紀さんは深沢中学時代、部活で卓球を始め、めきめき頭角を現わしました。2000年のシドニー大会の前、出場権を得るために参加しようとしたアジアパシフィック選手権で年齢制限があると言われ断念したところ、実はこれが誤報で、参加できたことを後で知らされたのです。
 気を取り直し次の機会に挑もうとしたところ、思わぬ事態が待ち受けていました。シドニーで男子バスケットボールの知的障碍クラスで優勝したスペインは、実は選手12名中、10名が健常者ということが内部告発で露見したのです。金メダルをはく奪されたのは当然ですが、事件の余波として、2004年のアテネ、2008年の北京大会では知的障碍者は種目を問わず、出場できなくなりました。復活を認められたロンドン大会における女子卓球同クラスの選手枠は僅か4名、槙紀さんは届きませんでした。漸くにして、今回夢が叶ったのです。
現在、CTC(伊藤忠テクノソリューションズ)の特例子会社、㈱ひなりの社員としてオフィスサービス業務を行いながら練習に励んでおられます。CTCの8月2日付プレスリリースは「CTCグループ社員伊藤槙紀が、リオ・パラリンピックの卓球日本代表に選出」の見出しで快挙を伝え、最後に槙紀さんの次のコメントで結んでいます。「落ち着いて試合に臨み、力を出したいと思います。メダルを目指して頑張りますので、応援よろしくお願いいたします。」
 さてリオ大会の結果は、残念ながら一次リーグでポーランドの選手に0-3、香港の選手に1-3で敗退、決勝リーグ進出はなりませんでした。第2試合は伯仲した展開だったのですが、最後に振り切られた感じです。ご本人にとっても、ご家族にとっても不本意だったと思います。パラリンピックの緊張感、長旅の疲れ---原因は色々でしょう。

 でも次は東京です。今回のリオでは車椅子卓球の別所キミヱさん(68歳)が選手団長を勤め、試合でも準決勝に進出しました。槙紀さんはまだ32歳、今回同じクラスで金メダルのウクライナの選手は33歳、銀メダルのポーランドの選手も37歳、捲土重来の可能性は十分です。
 ロンドン、リオ大会における日本のパラリンピックメダル獲得数は、金5→0、銀5→10、銅6→14でした。中国の実績(金95→105、銀71→81、銅65→51)と比べると差は歴然です。パラリンピックの分野でも、これまでのような家族やボランティアの善意に支えられているだけではメダルに手が届かない現実があります。東京大会に向けて、練習場整備、支援スタッフ充実、海外試合派遣など、オリンピック同様の公的支援強化が期待されます。こうした順風のもとで、槙紀さんがさらに腕を磨き、念願のメダル獲得を実現できるよう、私たち町内会一同、引き続き応援してまいりましょう。


 文 八木英樹 
写真 伊藤様より

このページの最初へ